2012年09月25日

9月、単の着物 または夏場のお稽古着について



お稽古に出かける時の話です。

6月になると(実際にはGW明けくらいにはもう)暑いなあと思う日もありますが、私は大体暦に忠実に着物を着るようにしています。なので6月、7月になったらそろそろ単の麻入りの着物を出して着て、6月の最初は単の帯に始まり、衿や小物がだんだんウスモノ用になって8月は浴衣とお太鼓、9月の前半は単の着物を着て夏物の帯を締めて、9月の後半になったら同じ着物に単の帯を締めて衿だけ塩瀬にします。

先生は6月に入ったら待ってました!という感じで、そして9月もまだまだ浴衣を着ています。先生くらいかっこよければ「分かって」着ているのは一目瞭然なのであれで良いのだと思いますが、私のような中途半端なものがやっても「もののわからないヤツ」と思われるのも嫌で暦通りしておこう、という気もします。

暦どおりにしたら快適な着物生活が送れない、そう思う事もあるし、でもやっぱり暦から季節をなぞるような暮らし方もそれはそれで大事だと思ったり。





麻混の縦シボの単の着物。シボだから本当は真夏の着物のような気もするけど、強引に「単」と言ってくくる。

普段着物で家事育児してます。

衿は塩瀬。帯は単。

真夏の着方 → ココ (義母の紗の帯を借りたコーディネート。)
ココ (いつものコーディネート。これが意外と載せてなかったもんだな。この帯は真夏中使う。帯締めを色々変える。)
ココ (頂き物の麻の帯。太っているので柄が出にくいけれど飽きたらこれを締める。)



いつも白い半襟が好き。写真では分かりにくいけれど夏場は絽で合いになったら塩瀬(どちらもポリエステルだけど)。でも「もう」とか「まだ」とか暑かったりするので、身頃の方は夏物の楊柳。ファスナーの付け替えだけで出来るという優れもの!


普段着物で家事育児してます。


私は単の時期の着物は一枚しか持ってないし、とにかくこういう↑のをなんとかかんとか使って乗り切ろうとしているうちに季節は移り変わる。

夏の着物は複雑。普段着なら、暑けりゃ浴衣、寒くなったら割烹着でも、肌着でもと季節を一歩一歩跨いで行くのだけれど、偶に季節に即したちゃんとした着方をしようとする事で、ただただすぎて行くだけの毎日の中に季節の移ろいを感じるいい機会になったりする。そう思うと夏は短い。


暑さ寒さも彼岸まで、とはよくいうからとにかくそれだけでも念頭において更衣(着るほうのころもがえ)も衣替え(箪笥の中、という意味での衣替え)もバタバタせずにできたらいいと思う。(→今日バタバタしたばかり。それについてはまた別記事w)


バタバタしているのはいつもでしょ?
こなつ
posted by 夏 小奈津 at 20:16| Comment(0) | キモノな毎日〜雑録〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月24日

「おいらはこんな奴だって!」


このあたりは、埼玉生まれの私にとっては「下町」という言葉で表現されるような土地ではありません。私が下町、といって頭に浮かんでくるのはやはり、浅草、谷中、根津・・・
まあ、そもそも「下町」の定義からしてよく分からないし、でも、とにかく私にとっては下町っていうもなんかヘンな感じがする、という土地柄だけれど、この辺に生まれ育った人たちにとっては普通に「下町」で、逆に私が想像するような浅草やら谷中やらといった「下町」ではないからこそやたらと「下町」ぶるような所がある気がします。

いい町です。
古きよき日本だなあと思う事がよくあります。

私にとっては運の良いことにこの界隈ではまだ偶に和服を着て生活している人がいて、それだから私が和服を着てうろついていても特に「ナンダ?アイツ?」的扱いはされないです、と言う事を良く書いています。

で、多分こう書くとみなさんの頭の中ではおばあちゃんやおばさんが和服をきて買物している姿を想像していると思いますが、実は、おじいちゃんやおじさん達も和服を着て買物に行ったり庭仕事をしたりしているんだな・・・。
そりゃもちろん、毎日見かけるって訳ではないのですが、でも日常的にそういうおばあちゃん、おばさん(私を含む?)、おじいちゃんやおじさん見かける事もある、という状況は意外と恵まれている(着物好きとしては)な、と思うし自分の子がこういうところで育つのが嬉しいなあと思います。ヘンな話、近所のスーパーで買物をしている時、「あのひと浴衣着てる」という子どもさんがいたら、大体この辺の子ではないな、と想像がしちゃうくらいです。



$普段着物で家事育児してます。


さてさて、今日は下町ぶった路地からお話を一つ。
実は我が家から通りを一本隔てた所に和服で過ごしているおじいちゃんのお家があって、反対側に通りを一本行くと、和服で過ごしているおじちゃんのお家があります。
今日はこの、おじちゃんの方の話。

おじちゃんはお祭りが好きなので夏になったらもう真っ赤な顔をしてあっちの祭りこっちの祭りと御神輿を担ぎに出かけます。私が想像するにおじちゃんは御神輿を担ぐ為に毎日頑張ってるんだと思いますわ。
冬は厚手のサムエを着ていて夏は夏用の薄手のサムエか甚平さんか、サムエやら甚平さんやら股引やらをはいて上は素っ裸と言う時もあります。
私が古典的な柄の浴衣を着ていると大体褒めてくれるのがこのおじちゃんです。


先日、娘を連れて公園へ行って、雨が降りそうだから一度家に帰って洗濯物を取り込もうと路地を戻ってくると、このおじちゃんに会いました。

「おぅ!あれ?なんでぃ?今日は和服じゃネエの?」


ちょっと怖い口調なんですが、これがこの辺のおじちゃんたちのデフォルトで、顔が笑ってるので怒っているわけではない、と分かります。(本当に嫁に来たばっかりの時はおじちゃんたちがでっかい声で怒鳴るみたいにしゃべるのでびっくりしました。)

暑いから浴衣着てるとどうも寝巻きみたいで斯く斯く云々、と説明していたらふんふんと聞いてたおじちゃん、


「ああ!そんなこと!!いいんだよ、いいんだよ。それでいいんじゃねーか、この辺ウロウロするだけなんだから。そうやって毎日暮らしてりゃ向こうがなれちまっからよ。おい(俺)なんかもそうよ。おいらはこんな奴だってみして(見せて)やらぁいいのよ」



ふむ。
「そーですねえ、わたしもそうなれたらいいんだけどなあ。頑張りマース」なんていって分かれたんですけれど、


洗濯物を取り込みながらさ、うん、そうだね、つくづくと「そうだなあ」って思ったんだよね。Tシャツにアイロンして着る事もないし、多少浴衣がヨレヨレでも毎日働いてる姿だもんねえ。浮世絵の色っぽさっていうのはそういうヨレヨレした着物姿だったりするんだよねえ。分かってるんだけどなあ。


見た目が大事、と思う気持ちをまったく失ってしまうのはよくないって思うけれど、おじちゃんみたいに「おいらはこんな奴だよ」って真っ向から生きていくのってけっこう度胸がいるよね?

着飾る、ということ。

着飾るということではなくてきちんとしている事。

自分らしくいること。

なんか色々考えたよ。



娘がおじちゃんと分かれた後で

「あたし、あのおじちゃんしゅきなんだよね。やさしいよね」


と、言った。

けして優しい口調とはいえない、大きく口を開けて大きな声でしゃべるおじちゃん、のっしのっしと歩いているおじちゃんの、見た目とか声とかそういうんではなくて、娘はちゃんとおじちゃんの心の中を見ているんだなあと思った。



こなつ

P.S.書き終ってみたら、前回の投稿から間が空き過ぎてて気づかなかったんだけれど、前回のコメントで同じ事言ってた…。やっぱり頭では分かってるんだけどね・・・。
→コメント欄へGo「浴衣にお太鼓
posted by 夏 小奈津 at 13:16| Comment(3) | 着物迷走録〜事件、意見、色々〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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